第１２号　2005.9.12

考える人，感じる人，学ぶ人　── スポーツにもやはりある暗い影

　皆さんもよく知っていると思いますが、今夏の甲子園をめぐる２つの出来事（明徳出場辞退・駒大苫小牧の優勝成立）について考えを進めてみることにします。
　私がまず第一に心配したのは「これは氷山の一角」に過ぎないのではないかということです。特に甲子園に出場できるようなチームでは、県外からの野球留学なども多く、部員数が膨れ上がり、レギュラーになれない者の不満が溜まったり、全体の統率と管理は大変難しいはずです。従って、生徒間の暴力・しごき・いじめなどのトラブルが発生し易い土壌があると思います。また、それ以上に危惧されるのは、指導する側の人達の「体罰」・「ひどい言葉」・「しごき」などの厳しい態度が常識になっているのではないかということです。過去にもずっと不祥事が報道されてきたにも関わらず、全く止む気配がないところをみても、これはかなり根深い問題だと思います。――更に恐ろしいのは隠された「暴力」や「しごき」が他のスポーツ全般、特にチームプレーの必要な競技において日常的なものになっているかもしれないということで、それは今後の社会にとって見過ごすことのできぬ重大な問題になります。
　もし以上の心配や危惧が現実であれば、その原因は至って単純でしょう。「勝利至上主義」・「結果第一主義」に毒されているからです。体力の限界までの鍛錬・智恵と工夫を加えた練習等により「技(わざ)」を磨かぬ限り競争には勝てないのは十分理解できるし、またそういう努力はスポーツに限らず大いに奨励すべきでしょう。しかし、そこに「愛と節度と良識」の支えがなければ、愚かな勝利至上主義に陥るのは必然だと思います。
　つまり、勝つための過程（努力）に価値があるのに、良い結果を出した場合のみ持ち上げられて、悪ければ一顧だにされない。我々のつくっている社会全体のそんな風潮がスポーツ全般をも蝕んでいるのでしょう。
　そして、その行き着く先は、一部のプロスポーツ選手の異常な高額年棒、また一分野でも国内トップになった人はマスコミの寵児となり、その後の収入に困らないという現実があるのです。
　次にもう一つ不思議なことがあります。不祥事を起こしたチームに対する対応です。なぜ事件が発覚する度にチーム全員に連帯責任をとらせて出場停止にしなければならないのでしょうか。いつの頃から決まったことなのですか。許すか出場停止かの分かれ目は、今年の場合は不祥事を起こしたのが部員達だったか、それとも指導者側だったかで決まったようです。でもね、どう考えても最も大きな罪は、優勝まで不祥事を隠し続けていたことではないですか。倫理的には、早く辞退した明徳の方にむしろ分があるように思います。優勝という事実をしっかりつかんだ後になって発表するのは実にズルイ。校長や監督達に対してそういう批判が湧き上がらない理由がわかりません。批判力を失ったこの社会、怖いと思います。
　このような不公平がまかり通らぬようにするためにも、またより重要なのは「発覚せず、申告もせず」助かっただけのチーム（かなり多いと想像します）の逃げ得を許さないためにも、不祥事発覚への対応を変えるべきです。
　部全体が問題を起こした場合以外は、不祥事の当事者だけが責任をとり、彼等だけ除外して出場するということを本当に徹底すればよいのです。高野連は「最近は連帯責任をとらせるような対応はしていないのにどうして早めに報告しなかったのか」というコメントを発表していましたが、実際の処分との間にギャップがあるし、そういう高野連の方針も各学校には浸透していないようです。連帯責任をとらせないというなら、今回処罰されるべきは暴力・喫煙事件を起こした選手と隠ぺいした指導者側で、残りの選手は甲子園に行かせてやるべきでした。それを明徳側も辞退、高野連側もさらに秋季大会の出場停止を言い渡すということは結局は以前と何も変わっていないと思います。 　一部の不心得者の後始末を連座制で全員に及ぼすのはいかにも行き過ぎです。チームや集団や学校の名誉のための潔い行為というより、格好だけの見せしめ・時代錯誤の全体主義を感じます。
　最後にもう一つつけ加えます。近年少子化が進むにつれて、小学生の頃から、学校や地域のクラブチームに属し（いろんな競技があります）、県外遠征が常識になっている風潮にも疑問があります。各競技連盟のレベルアップ“圧力”と、競技人口の底辺での拡大策の影響なのは間違いないでしょう。その傾向が、そのまま中学・高校のクラブに引き継がれてゆき、アマやプロの下請け機関になり下がっているような気がします。「青少年の体力向上・生きる力の充実」のためならよいのですが、実は「大人達・役員達の都合、きつく表現するなら、既得権益」のためもあるのでは…と疑念も生じる現状です。 　それは最も公平であるべき入試においても、半ば公然と現れています。元々完全に公平な入試というものはあり得ないのですが、「一旦決めたルールには厳密に従わねばならない」という意味でなら、人を育てる教育現場においてはやはり公平を第一義としなければなりません。例えば、高校側のチーム強化のため（つまり大人達の都合と需要のため）、入試のずっと前から勧誘と合格の保証を与えることに当事者達ですら、どこかに戸惑いや暗い心を宿さずに実行できるのでしょうか。誤解しないで頂きたい。かく言う我々ですら複雑な気持ちにはなりますが、やっぱり「預かっている生徒の行先が決まると嬉しい」と思うのです。それだけ根が深い問題なのです。しかし、生徒達の心の深い部分に決定的な悪影響を及ぼしているのではないかと憂慮せざるを得ません。── つまり、「正道の他に、需給が整いさえすれば、裏道もある」と…。心が最も不安定な思春期の、しかも行き先を求めて苦しむ入試においてだからこそ強烈なインパクトを与えるのではないでしょうか。我々にできることはごく僅かしかないけれど、今後ともしっかり見守っていかなくてはと、タガを締め直している次第です。